世界的発明特許について全請求項を無効化したケース

 中国特許法第45条には、中国国務院・特許行政部門が特許権の付与を公告した日から、いずれの機関又は個人であっても、当該特許権の付与が本法の関連規定を満たしていないと考えた場合には、中国国務院・特許行政部門に対し当該特許権の無効宣告を請求することが可能であると規定されている。


 米国の某材料製造会社のPCT発明特許出願は、複数の国で特許権を取得しており、その中には中国での特許権も含まれていた。中国では、公衆としての第三者が当該PCT発明特許について無効宣告を請求したいと考え、当所にその無効化プロセスの実施を委託した。その際の目標は、当該PCT特許における全請求項の無効宣告であった。


 当該PCT特許は、機器と、前記機器を通過する金属板材の対向する各面にスケール除去媒体(特に、液体/粒子スラリー)を供給することで処理対象である金属板材の表面からスケールを除去するための方法に関するものであった。当該特許権の無効宣告請求案件では進歩性の判断がポイントとなった。また、進歩性評価の「3ステップ法(三歩法)」においては、技術的示唆の判断が重要なステップとなるが、主観性の介入しやすさが発明の進歩性を客観的に判断する上での主な難点となり、本件でもこれが重要な課題の一つとなった。


 当該PCT特許の無効化にあたっては、次のいくつかの難点が存在していた。


 (1)当該特許は中国へPCT移行された発明特許であり、4つの独立請求項を有していたが、いずれの独立請求項も比較的長く、多くの技術的特徴を含んでいた。

 (2)当該特許は、4つの独立請求項以外にも25個の従属請求項を有していた。つまり、当該特許は合計29個の請求項からなっており、非常に多くの技術的詳細に言及していた。よって、当該特許の全無効化が困難なことは容易に想像できた。

 (3)当該PCT出願は、中国、オーストラリア、カナダ、イギリス、米国、韓国、ロシア、南アフリカ等の国ですでに実体審査を通過しており、発明特許権を付与されていた。つまり、これらの国では当該PCT特許出願の新規性・進歩性に影響を及ぼし得る引用文献は検索されておらず、それ故に複数の国で当該特許の新規性・進歩性が広く認定されたことを意味していた。複数の国で十分な検索が行われたにも関わらず有効な引用文献が得られなかったことを前提に、我々は改めて当該特許の無効化のための検索(主として新規性・進歩性に関する引用文献の検索)を実施した。これは、非常にチャレンジングな仕事でもあった。


 当所は、委託を受けた後、当該PCT発明特許の技術方案を詳細に読み解くことで、明細書の内容を軸に請求項の保護の範囲を正確に理解した。そして、検索戦略を決定し、検索戦略と新たな検索結果に基づき検索式を調整し続けた。検索は中国語及び外国語のデータベースにおいて十分に展開し、請求人と共に大量の時間と労力を費やして奮闘した結果、最終的に、当該PCT特許の新規性・進歩性に影響を及ぼし得る4つの証拠書類を検索することができた。特許覆審委員会の審査段階において、特許覆審委員会はこれら4つの証拠の有効性を完全に認めるとともに、これら4つの証拠を組み合わせることで当該PCT特許における全請求項の新規性及び進歩性を評価可能であるとみなした。最終的に、特許覆審委員会は無効であるとの審査決定を下し、当該PCT特許の全請求項について無効を宣告した。


 その後、当該会社は特許覆審委員会による無効決定を不服として、北京知的財産権裁判所に対する行政訴訟の請求と、最高人民法院(最高裁判所)に対する行政控訴を順次行った。その結果、一審判決では無効宣告の決定が維持され、二審判決では控訴が却下されて原判決が維持された。この時点で本件は決着し、最終的に無効成功との結果が得られた。上述したように、無効段階及び行政訴訟段階のいずれにおいても、当所が提出した証拠はいずれも専門機関に認められた。これらの証拠は非常に確実且つ推敲に耐え得るものであり、無効決定又は行政判決の見解を決して揺るがすことはなかった。このことは、我々が請求人に提供した支援が非常に有意義なものであったことを意味している。


 本件について振り返ると、無効段階及び行政訴訟段階のいずれにおいても、特許権者は、スケール除去媒体の違いが当該特許とそれに最も近い従来技術との主な違いであるが、無効証拠とされる引用文献2にはそれについての組み合わせが示唆されていないと一貫して主張していた。また、特許権者は、証拠2のスケール除去媒体は本発明に適用不可能である旨を一貫して主張していた。我々は、この点について十分な説明を行う一方で、懸案特許の明細書では、開示を引用する方式で、引用文献2の技術手段を懸案特許に適用可能である旨を記載していることを鋭く発見した。即ち、証拠2を当該発明に適用可能である旨を明細書内で自ら認めていたため、特許権者の主張は効力を失ってしまった。最終的に、出願人が堅持し続けた争点も本件に進歩性を持たせることはできず、この無効化業務は円滑に終結した。