方案の実体を正確に把握することで不服審判の成功を確実にしたケース

 懸案となった特許出願の主題の名称は、架空配線用アルミ被覆繊維補強複合芯及びその製造方法であった。本件は、実体審査の過程で進歩性なしを理由に却下された。しかし、我々は、実体審査の過程で審査官により示された引用文献1に引用文献2を組み合わせ、且つ説明を加える方式で本出願の請求項の技術方案を取得可能であるとする認定には問題があると考えた。特に、本出願の発明のポイントに係る技術的特徴を推測により取得可能であるとする認定には、根本的な認識の誤りがあると考えた。そこで、我々は、不服審判請求を行うようクライアントに提案するとともに、クライアントに代わって詳細且つ確実な意見を述べることで、最終的に中国国家知識産権局から却下決定の取り消しを得た。


 本件は、複数本の繊維からなる繊維芯層と、繊維芯層の外周を被覆するアルミ被覆層を含む架空配線用アルミ被覆繊維補強複合芯であって、各複合芯中の繊維の体積含有量wが50~70%であり、複合芯の直径Dが2.00~11.0mmであり、繊維の体積含有量をwとすると、繊維芯層の直径d=(D2×w/0.8)1/2であり、アルミ被覆層の厚さh=[D-d]/2であることを特徴とする複合芯に関するものであった。本出願では、複合芯に良好な総合性能を持たせるために、複合芯中の繊維の体積含有量と、繊維芯層の直径及びアルミ被覆層の厚さを厳格に規定することで、複合芯の総合強度と曲げ抵抗を向上させていた。また、複合芯中の繊維の体積含有量w、繊維芯層の直径d及びアルミ被覆層の厚さhは、本出願の技術的課題を解決するための重要な技術パラメータであり、数式はこれら三者の間に密切な関連性があることを示していた。


 代理人の分析によれば、本出願の意図は、強度及び曲げ性能のいずれにも優れたアルミ被覆繊維補強複合芯1を取得することであった。アルミ被覆繊維補強複合芯1の力学性能は、繊維芯層の直径d及びアルミ被覆層の厚さhに直接関連していた。即ち、アルミ被覆層の厚さhが大きい場合には、繊維芯層の直径dが相対的に小さくなって、アルミ被覆繊維補強複合芯の強度は小さくなるが、曲げ性能は良好となった。また、アルミ被覆層の厚さhが小さい場合には、繊維芯層の直径dが相対的に大きくなって、アルミ被覆繊維補強複合芯の強度は大きくなるが、曲げ性能は悪化した。よって、本出願の主な目的は、アルミ被覆繊維補強複合芯の強度と曲げ性能とのバランスを確保するために、如何にして適切な繊維芯層の直径d及びアルミ被覆層の厚さhを取得するかであった。具体的には、繊維芯層中の繊維の体積含有量wは予め決定可能であり、アルミ被覆繊維補強複合芯の外径Dも予め決定可能であった。これを元に、如何にして適切な繊維芯層の直径d及びアルミ被覆層の厚さhを取得するかを検討する必要があった。そして、検討の結果、繊維芯層の直径dと既知のパラメータw及びDには、d=(D2×w/0.8)1/2という関係があり、繊維芯層の直径dを取得した後に、数式h=[D-d]/2からアルミ被覆層の厚さhを決定可能であることがわかった。


 本件の実体審査の過程において、審査官は、引用文献1及び引用文献2に説明を組み合わせる方式で本出願には進歩性がないと評価した。


 引用文献1と比較して、本出願に存在する異なる特徴の一つは、繊維芯層の直径d=(D2 ×w/0.8)1/2であった。この引用文献1とは異なる技術的特徴について、審査官は、2回の拒絶理由を通じて、「この数式を変形することでw=0.8*d2/D2を得ることができる。一方、アルミで被覆されてなる内部に繊維を充填するための中空構造の体積と外径の総体積との比率はw=d2/D2である。つまり、この数式は、繊維率が50~70%の間で変化するときに、繊維の充填密度の比率が常に0.8の固定値に維持され、粘着剤又は充填物等のその他の物質が0.2含有されることを意味している。従って、本出願の数式は、実質的には複合芯の直径及び繊維芯層中の炭素繊維の含有量を決定した後に、繊維芯層の内径を合理的な範囲に設定して応用ニーズを満たすものにすぎない」とみなした。


 我々は、審査官の拒絶理由は、本出願の技術方案の意図から完全に解離していると考えた。まず、審査官は、本出願の数式を変形することを想到したが、これは、審査官が繊維芯層の直径dとアルミ被覆繊維補強複合芯の外径Dを既知のパラメータと考えた上で、繊維の充填密度が固定値0.8である旨を得て、本出願の数式を経験的な数式とみなしたことを意味していた。このことは、「繊維芯層の直径d」が求めるべきパラメータであるとの事実に明らかに反していた。


 我々は、拒絶理由への応答時に、「本出願の目的は、既知である複合芯の外径Dの値と既知である繊維の体積含有量wに基づき、繊維芯層の直径d及びアルミ被覆層の厚さhを取得することであって、繊維芯層の直径dと複合芯の外径Dに基づき繊維芯層中の繊維の体積含有量wを算出することではない。また、本出願の出願日以前に、審査官は本出願で記載した技術方案を見たことはないため、本出願で開示した内容に基づき繊維の体積含有量wを逆算することは不可能である。且つ、出願の目的は、繊維芯層の直径dと複合芯の外径D及びアルミ被覆層の厚さhに基づき繊維の体積含有量wを算出することではなく、既知である繊維の体積含有量w及び複合芯の外径Dに基づき繊維芯層の直径d及びアルミ被覆層の厚さhを算出することである」旨を一貫して強調した。しかし、最後まで審査官を説得することはできず、本件は却下された。


 我々は、審査官は、終始にわたり本出願の方案の技術思想も発明の目的も全く理解していなかったと考えた。我々は、本件の発明の目的と意図が何であるのかを強調し続けたが、審査官は一貫して自説を曲げなかった。或いは、審査官は、本出願の技術方案は比較的単純であるとみなし、本出願に権利を付与すべきではないとの先入観に捉われて、本出願の却下を堅持したのかもしれなかった。この点に基づき、我々は、不服審判請求を行うよう出願人に提案すべきであり、且つ、却下決定の対象となった請求項には権利化の可能性があると考えた。そこで、不服審判請求を行う際に、我々は請求項について実質的な補正を行わなかった。また、不服審判での主張についても、実体審査で応答した際の意見及び考え方を採用し、実質的な変更は行わなかった。


 その後、中国国家知識産権局は本件を再審査し、我々の不服審判での主張を認めた上で、以前の却下決定を速やかに取り消した。そして、原審査部門が審査を継続した結果、最終的に本出願は権利を取得した。


 審査官の誤った審査について、当方の代理人は、強硬な却下姿勢や一見合理的な推論方式に惑わされることなく、審査官の推論及び論理から速やかに推論の不備を見抜いた。審査官は推論時に明確に説明しなかったが、代理人は、審査官が間違いなく先にd及びDを既知のパラメータと認定した上で、パラメータwを得たことに気付いた。これは本件の構成とは実質的に異なっており、仮にこの点に気付かなかったとすれば、審査官の推論や思考方式の影響を受けて、本出願には進歩性がないと考えた可能性が高い。幸いにも、代理人は審査官の審査が誤りであるものと冷静に考えて、出願人に不服審判請求を行わせるとの姿勢を堅持した。そして、最終的には権利取得との結果を得て、クライアントのために相応の権利を獲得した。