米国特許商標庁による「保護対象非該当」への各種対応戦略

   特許の保護対象について、中米両国にはいずれも詳細な規定があり、且つ、規定は似通う傾向にある。しかし、実際の運用にあたっては、両国の審査官の間で対象の適否認定に大きな隔たりが存在する。例えば、中国で特許出願された案件を米国で出願する場合、中国での審査時に国家知識産権局が保護対象に該当すると認定したものであっても、米国では特許商標庁により保護対象に該当しないとみなされることがある。このような場合、代理人は、記載の仕方や応答の筋道を適時に調整して審査基準の違いに対応する必要がある。また、保護対象に該当するか否かの問題は、3大要件(新規性、進歩性、実用性)を除く応答時の難題であり、代理人としての高度な専門的素養が求められる。当所の米国・欧州部の代理人は、米国への特許出願を頻繫に代理していることから、米国特許商標庁の審査の考え方を比較的熟知している。また、多数の応答成功事例に基づき、保護対象の問題への対応について実質的に有効な応答戦略をとりまとめてある。


 明細書内で関連の構造に言及していれば、それが詳細な記述か、簡単に触れているだけかに関わらず、保護対象の問題を解消するための選択的手段となり得る。4次元イメージング方法に関する某案件では、原請求項1に、「確率統計モデリング方法を用い、時変要因の影響下における振幅の不確実性分布を記述し、連続複素ウェーブレット変換に基づき濾過して、各チャンネルの時不変信号を融合することで4次元イメージングを行う」と記載していた。


 米国の審査官は、上記の請求項を数学的関係に関するものであるとみなした。且つ、主として、「イメージング」そのものは発明のポイントに無関係の動作であり、実際の応用には関係しないため、当該請求項は特許保護の対象に該当せず、特許権を付与できないと指摘した。通常、保護対象に該当しないとの拒絶理由については、審査官の見解に反論することがやや困難とされている。しかし、幸運なことに、本件は中国国内に優先権書類を有しており、当所の代理人が中国で当該優先権出願を代理する際に、明細書内に具体な応用場面と関連の構造(即ち、本発明は交通手段におけるパーツの損傷分析に用いられ、実際の応用時にはテストボックスに使用されることがある)を明記していた。優先権書類に記載されていた上記の内容は比較的簡単なものではあったが、米国の審査官から指摘された保護対象の問題を解消するには十分であった。そこで、本件の代理人は、上記の技術的特徴を原請求項1に追加し、説明を補足することで、最終的に本件について米国発明特許権を取得した。


 また、3次元データの読み書き方法に関する某案件では、原請求項1に、「サーキュラーバッファモジュールを用いて3次元画像を水平方向に分割し、セグメントバッファモジュールを用いて画像処理アルゴリズムの多層ネットワークを少なくとも2つのセグメントに分割する」と記載していた。


 本件の用語は比較的代表的なものであった。中国の特許出願では、「モジュール」という用語の出現率が高い。これは、一般的に、保護範囲の拡大を意図しているか、純アルゴリズム的発明における保護対象の問題を回避することを意図している。このような場合、中国の審査官であれば、通常はモジュールという用語の使用に異議を唱えることはない。しかし、米国で特許出願する場合には、保護対象の問題を回避するためにモジュールという用語を用いてアルゴリズムを実体的構造に包括した場合、逆に審査官から保護対象の問題を指摘されることが多く、更に、不明瞭の問題を指摘される場合や、開示不十分の問題を指摘される場合、ひいては新規性の問題を指摘される場合すらある。本件について、米国の審査官は、保護対象の問題を直接的には指摘しなかったが、means-plus-functionに関する規定を用いて、明細書には「モジュール」の具体的構造が開示されていないため、権利を付与できないと指摘した。明細書では「モジュール」の具体的構造について何も言及していなかったため、請求項への特徴の追加や補足説明によって問題を解消することは不可能であった。そこで、代理人は、「モジュール」との記載を一部の請求項から削除するとともに、応答時の焦点を残りの技術的特徴の新規性・進歩性の主張に置くことにした。結果として、新規性・進歩性についての説明が十分であり、論理的に明瞭であったため、本件は最終的に権利化された。


 明細書で実体的構造に全く言及していない場合には、「改良の存在」の角度から主張を試みることができる。高精度周波数測定システムに関する某案件では、原請求項1に、「前記フィルタモジュールに接続されており、前記データを離散フーリエ変換して周波数領域信号を取得するためのフーリエ変換モジュール」と記載していた。本件の請求項でも、保護対象の問題を回避すべく、「モジュール」との記載を用いていた。しかし、前述の事例とは異なり、本件の米国審査官は保護対象の問題を直接指摘し、関連の記載は数学的概念に関するものであり、且つ、各モジュールは真の特定の機器(「particular machine」)ではないとみなした。


 代理人は、本件の明細書では確かに実体的構造に言及していないことを知っていたが、保護対象の問題を解消する何らかの突破口を見い出す必要があった。そこで、代理人は、1回目の応答時に、明細書から前記モジュールにおけるいくつかの具体的部品を探し出した。これらの部品は実際にはアルゴリズムにすぎず、単に実体的構造のような名称(例えば、変数抽出器や選択回路)を付しているにすぎなかったが、形式的に明らかな保護対象の問題が存在しないようにするために、請求項1への上記特徴の追加を試みた。審査官は、2回目の拒絶理由において、追加された特徴はソフトウェアの特徴又は汎用コンピュータで実行可能な汎用コンピューティング機能にすぎず、依然として保護対象の問題を解消するには至らないとみなした。よって、2回目の応答時に、代理人は、「改良の存在」の角度から本発明による当該分野の改良(improvement)について重点的に主張することとし、モジュールの各々及び全体が解決する問題につき詳細に述べた。上記の改良に関してはいずれも明細書で言及していたため、最終的に本件は保護対象の問題を解消して権利化された。